バルセロナのガウディ建築案内番外編 (25)

ミースのバルセロナ・パビリオン Pabellón de Mies van der Rohe
ガウディは面識こそないもののル・コルビュジェのことは知っていた。ル・コルビュジェ自身は1920年バルセロナを訪れ、サグラダ・ファイリアを見て絶賛している。そして1928年再訪している。この間ル・コルビュジェの模型がバルセロナで展示されていたのをガウディはそれを見て、“この建築家の模型を見ると平行四辺形の集合体のようだ。駅舎のプラットホームで積み下ろしている箱のようで、そのいくつかは棚のようだ。この人は大工のメンタリティーの持ち主である(La maqueta que he vist d´aquest arquitecte és una munió de paral•lepípedes; sembra un moll d´estació on han descarregat caixes d´embalqatge, i algunes d´elles recorden les prestatgeries; aquest home té mentalitat de fuster.弟子のベルゴスが書き留めたメモ)とル・コルビュジェの建築を評価している。
近代建築家とのガウディの接点はもうひとつ、弟子のベルゴス(Joan Bergós, 1894-1974)がミース・ファン・デル・ローエの1929年バルセロナ・パビリオンの現場監理をしている。あの歴史に残ったパビリオンは会期後高価な建築資材が使われたため、撤去され本国へ持ち返されたが現在では復元され、工事中に基礎も見つかったために全く同じ場所に再建されている。しかし、恒久施設とされる時一番困ったのがあの薄い屋根だった。ミースはもともと仮設であるということで、あの薄い屋根を実はダンボールで作っていた。これは現場監理をしたベルゴスのアイディアであろう。ガウディは製本用の巨大なプレス機で圧力をかけ、デザインした形に打ち出しカサ・ビセンスの天井はじめ建築資材としてダンボールを使っていた。
所在地:Avenida Francesc Ferrer i Guàrdia, 7
アクセス:地下鉄L1 Plaça Espanya下車15分


この薄い屋根は現在ではグラスファイバーで可能になりました