カタルーニャ主義と建築の主流

ところがカタルーニャバルセロナでは建築学校での教育のなかなでも十分に分かるように、オフィシャルなかたちでは中世回帰というのはカタルーニャの吉日の栄光を意味し、政治的に中央政府との分離主義を根底にしたカタルーニャ主義との結託に、エリアス・ロージェントのバルセロナ大学に象徴されるようにカタルーニャのかつてのロマネスク、ゴシック、ルネッサンスへと目が向けられたのであった。それらの様式はカタルーニャ自治と独立の証のスタイルであり、後にはレナシェンサと呼ばれる文学的カタルーニャ主義運動を呼び起こしてそれは頂点に至る。ある意味では産業革命を起こし経済的な優位に裏付けられ、自由選挙制の復活とあいまってカタルーニャ地方主義が勢いを盛り上げているが、その近代的発芽は丁度この19世紀の後半からである。
ガウディはまったく、この時代の子ともいうべく、カタルーニャ主義の洗礼を受け、一方ではヴィオレ・ル・ドゥックの機械論的理論の持ち主でありながら、カタルーニャの伝統工芸を尊び、中世美術に強く惹かれていたのである。しかし同時にムーア様式も忘れなかった。
ロージェントのリポイの修道院修復


ローゲントのバルセロナ神学校


ロージェントによるバルセロナ大学