バルセロナのガウディの建築案内番外編(42)

メノルカ島の巨石文化見学 Visita a Menorca (1910年)
マジョルカ島パルマのカテドラルの現場へ通う中、1910年5月1日には隣島のメノルカへガウディは足を延ばしている。マジョルカ島にはほとんど残されていないが隣のメノルカには島中に散在している巨石文化の遺跡群を視察するためだった。これはバレアーレス文化を築いたオリジンであるが、ガウディにとってはさらに別な意味があったのかもしれない。
確かに現在でもガウディの神秘主義、あるいは作品の方位、天文学、あるいはシンボリズムなどとの関連を指摘する研究者がいるが、それと巨石文化への繋がりが取りざたされたわけだ。この説が正しいかどうかは分からないが、この時期に忙しい、遊び事をしないガウディは確かにわざわざメノルカ島へ渡って巨石文化に自ら接している。これらの遺構は紀元前千年前後に築かれたとされるが、主に3種類のタイポロジーがあって、ナベータ、(naveta), タラヨット(talayotes)、タウラ(taulas)と現在では呼ばれている。これらの遺構が島に散逸していることから独自の高度な文化を築いていたとされる。これらの巨石時代の遺跡を弟子のジョアン・ルビオを伴いガウディは見て歩いている。このジョアンの兄がメノルカ島に駐屯していた中尉大佐で、彼が便宜を図ったらしく、5月7日の便でパルマへ戻っている。1週間の長い滞在は船が週に1便しかなかったからであるが、この旅でガウディは何を見て、何を考えたのだろうか。
このうち一番よく知られたのがナベータ(船の意味)のエルス・トゥドンス(Els Tudons)だろうか。名前の示すように船をひっ切り返すような形をしているが埋葬に使われたようで、しかも、100体以上の埋葬がされていたという確認がされているので、権力者の墓ではなく、住民のための埋葬施設だった。
ガウディの興味は何だったのだろうか。
アクセス:現在ではバルセロナ始めスペインの多くの街から飛行機が飛んでいる。所要時間は50分。遺跡は散在するので島内の移動にはレンタカー、レンタルのバイクなどが必要。