後期ゴシック、セビリアのカテドラル/Gótico Tardio, Catedral de Sevilla

中世が秋をむかえる時、ゴシックも秋をむかえる。しかも華やかな秋である。まずそれが始まったのはセビィージャのカテドラル再建(図版24,25)である。
傷みがひどくなってきたアルハマのモスクを改装して使っていたそのカテドラルは1401年になって新築が決定され、翌年からその建設がフランドル=ブルゴーニュゴシック様式で始まった。それは140X90メートルという計画を決定した僧侶たち自身、後代の者たちから気違扱いされるだろうと予言したほどのとてつもない規模であった。
そのためアプスから開始するという大会堂建設の通例を破って、東側外壁から建設が始まった。なぜならこの巨大な会堂の巨大なアプスの完成を待って機能させるより、中央礼拝堂をまず築いた方が手取り早いからであった。モスク跡というせいもあって奥行きに対してその幅は広く、だだっ広いサロン形式の五身廊、プラス、バットレス内の礼拝堂というものである。立面からもそのサロン形式は、ちょうどトレードのカテドラルのように階段状の身廊を形成させ、しかもゴシックの通例からすれば、いかにも差の小さい段をつけるというように明確に空間の統一性を目指している。
側廊部ではトレサリーも省略され、それに代わって中央身廊を欄干がとり囲こむという、15世紀特有の構成が使われる。また側廊の明かり取りを外し、直入光を避け、フライイング・バットレスがほとんど水平に築かれているのは、アンダルーシアという土地柄を示すものであろう。

セビリアのカテドラル南東面ファサード

ヒラルダの塔からカテドラルの屋根、町を眺める。旧市街はいつ来てもほとんど変わっていません。
1992年6月撮影

フライング・バットレスはほぼ水平という摩訶不思議なことになっている。

僧籍部分

スペインはほとんどの地方で雨が少ないので中東欧のカテドラルのようにヴォールトに更に屋根がかかるということはなく、ヴォールトがそのまま屋根になっているのが普通。
2001年12月撮影

といってもインテリアからヴォールトを見ると雨漏りの跡が見えます。

アラブ時代のミナレットをマイナーチェンジして、キリスト教教会の鐘塔にし、これにカテドラルの本体を付け加えている。しかし、その大筋はモスク時代のヴォリュームを踏襲する水平空間で、とてもゴシックの垂直性などはな姿にどう見てもに出来上がってしまっている。
1972年1月16日撮影

アンダルーシアの暑い日々には欠かせないシェリー酒

その後はガスパッチョが定番ですね。このトマトをベースにした前菜は夏、完熟したトマトで作られた時が無論食べ時です。最近ではどこに行っても夏ならこれが食べられたのですが、ほんのつい最近まではアナだルシアでしか食べられないものでした。スペンイの中でもグローバリゼーションが起こっています。