図版152・153 Harinera Teixido
テイシドー製粉工場。
ラファエル・マソ・イ・バレンティ作、1910〜11年。
1906年にバルセロナの建築学校を終え、マソ(Rafael Masó i Valenti、1881〜1935年)はモデルニスモ期の教育を受けながら、職業人となってまもなくノウセンティスタとして大成していくジローナの建築家であった。学生の頃はガウディに傾倒し、故郷へ帰ってから、モデルニスモ晩期の作品をいくつか残している。
《そのうちの代表作がこのテイシドー製粉工場である。写真は正面人口 。心情はガウディに傾倒していたとはいえ、すでに形態はオルブリッヒへ接近していた。》
「ガウディの城」展カタログ
写真解説より
1989年刊行
テイシドー工場については
http://d.hatena.ne.jp/Arquitecto/20110904/1315119016
にもあります。