ファン・デ・アラバ

Juan de Álava
生:1480年? 没:1537年
ゴシック・スタイルで建築を修業し、プラテレスコ様式(銀細工様式)の過渡期に仕事を残したスペインの建。1502年頃イタリアへ旅行したらしく、つぶさに新しい建築の動きを察した。1505年にはサラマンカ大学の附属礼拝堂(Salamanca)で師のミシェルと仕事をし、1510〜21年には権力者であり、パトロネージをフォンセカ司教(Alonso de Fonseca y Ulloa, 1475~1534年)の依頼でサンチャゴのカテドラルの回廊(Santiago de Compostela)、1520〜30年にはサラマンカで働いている。彼の代表作はサラマンカのサン・エステバン修道院(San Estevan、1523年開始)で、その付属教会堂では大航海時代を反映した華麗なプラテレスコ様式の見事な正面ファサードが付けられている。また同地の新カテドラル(Catedral Nueva,1534年)の建築長も務め正面入り口から3つのチャペルのヴォールトを架けている。

主要作品
サンチャゴのカテドラルの回廊(1510〜1521年)
Plasenciaのカテドラルの正面玄関の現場監理ではCovarubia, Juan de Coloniaを共同者とする。(1517年)
SevillaのCapilla Realの設計をEnrique Egasと共に設計依頼(1515年着工)

サラマンカの新カテドラルの建築長として正面の左手の3番目までの屋根を架ける。(1520年から1534年)
サラマンカ大学の付属礼拝堂聖器室
サン・エステバン修道院の計画(1524年)付属教会を着工。交差廊部サン・ホセのポルタルを自ら現場監理。
Santiago de CompostelaのColegio de Fonseca(正式名はColegio Mayor de Santiago el Zebedeo 1529年)

三交社刊 建築家人名事典より

アルカンタラ、ディエゴ・デDiego de Alcantara 16世紀活動
スペインの建築家。エル・エスコリアル宮の柱に働いていることが分かっている。Jerónimo Giliのもとでトレドのアルカサールにも働いていたことが分かっているが、建築書を残していることで知られている。この手書の本はホアン・デ・エレーラ*が蔵書として残した。

アルカラス、ディエゴ・デ
Diego de alcaraz 16世紀活動
スペインの建築家。ウベダのダバーロス宮の作家(Palacio de Dávalos, Úbeda, 1530), 同地のプラテレスコ様式のポルタルのある教会サント・ドミンゴ(Santo Domingo , Úbeda, 1522年)などを残している。

アルバレス・ボケル、アニバル
Aníval Álvarez Bouquel 生:マドリッド/1806年 没:マドリッド/1870年)
スペインの建。王立美術アカデミーで建築を学び、最優秀賞を獲得するが、その後フランス、イタリアへ遊学。1844年以降はマドリッド建築学校の教授となる。銀行家の邸宅などマドリッドに数々残し名声を馳せ、1864年以降は建築学校の学長を務め、サン・フェルナンド・アカデミー正会員ともなっている。

アンドラーデドミンゴ・デ
Domingo de Andrade 生:1639年 没1712年
スペインの建。サンティアゴで学ぶ。サンティアゴのカテドラルのタベルナクロ、時計塔と呼ばれる鐘塔(1676〜1680年)、ルーゴのカテドラルの聖器室などを残すが、著書に『建築における素晴らしきもの、古きもの、高貴なるもの』(Excelencias, Antigüedades y nobleza de la arquitectura, 1700)を出版している。

アングレス・デ・トルトーサ、フアン
Juan Angés de Tortosa 16世紀活動
スペインの建。トルトーサで活躍。サン・ルイスのカレッジ(Colegio de San Luis)、隣接のカステジョンではビスタベージャの教会(Vistabella, Castellón),1542年にローマ法王の認可が下り、設立されたドミニコ派の設立したオリウエラの旧大学(Universidad de Orihuela, 1552年、現在はサント・ドミンゴ・カレッジとなっている。)

オリウエラ大学の正面ファサード・ポルタル