ブラーネスのサンタ・マリア教会説教台 Iglesia Parroquial de Santa Maria

所在地:Carrer Nou, 22, Blanes 
1912年
ブラーネスはバルセロナから約70Kmの海岸にある町。現在は4万人弱の人口。この頃ガウディはラ・ペドレラの建設に没頭していたが、ちょうど、実現しなかったファサードに取りつく彫刻群の製作を彫刻家カルロス・マニとともに作っていたが。マニをガウディに推薦したのはカタルーニャ語を擁護した弁護士であり、文筆家のジョアキン・カサス(Joaquim Casas i Carbó, 1858〜1943年) であった。このカサスがブラーネスの教会の小さな仕事をガウディに持ちこんだ。
サンタ・マリア教会は1350年から1410年の間にゴシック・スタイルで建てられた。
ガウディがデザインしたのは説教台で、祭壇の両側にシンメトリーに置かれミサの時にはこの壇上から説教されるわけだが、何段かの階段があり、神父の背の部分には装飾家と思われるダンボール製の屋根がかかっている。この屋根は神父の声がよく届くように、反射板の役をするために考えられていた。
1936年6月22日に教会は焼け、ゴシック、バロックの祭壇とともにガウディの手になるパラボラの説教台は燃えてしまった。教会は終戦後ガウディの弟子の一人で、サグラダ・ファミリア教会を戦後建設継続させたルイス・ボネット・イ・ガリ(Lluís Bonet i Garí, 1893〜1993年)によって再建されているが、ファサーフォ以外は全て焼失してしまった。

スペイン戦争で焼き討ちにあってわずかに残されたファサード

ガウディの弟子によって修復された内陣

焼失した説教台 上部の円盤は僧侶の声を信者のいる席へ誘導するための反射板

現在ある説教台